HOME > ライフスタイル&グルメ紹介 > 人々|Vol.31 人が森に求めるもの。森が人に語りかけること。
午前10時過ぎ、事務所棟の裏庭に、地域の方々が三々五々集まって来ます。皆さんアウトドアを楽しむような自由な服装にウオーキングシューズ。今日は「富士癒しの森研究所」主催の植生調査の日。東京大学大学院の先生2人の指導のもと調査が行われます。参加者は中高年の方々が中心で男女比6対4の16名ほど。近隣別荘住民や県内の自然観察会の会員が主なメンバーです。必着のヘルメットが配られ、活動概要が両先生から説明されます。
「皆さんおはようございます。午前中は3班に分かれて、実証林の植生調査をします。昼食休憩をはさんで、午後は林内の散策を体験していただきます」と藤原先生の挨拶。
ところで「実証林」とは、次第に広葉樹が混じってきているカラマツが中心の人工林で、手入れの仕方を変えると、どう森が変化していくかを研究するために設定された実験区のことを指します。
続いて齋藤先生から、植生調査の方法が説明され、直径2メートルのフラフープのようなリング、高さを測るピンポール、記録用ノートとカメラが3班の担当者に渡されます。一通りの説明が終わると、先生を先頭に各グループはそれぞれの分担地域のある森の中へ入ります。
さてここで、「富士癒しの森研究所」について、少し解説しておかなくてはなりません。
東京大学は、全国に7か所の演習林を保有していますが、この演習林は1925(大正14)年、富士演習林として開設されました。関東大震災や先の大戦を経て紆余曲折がありましたが、現在は国有林約20%と借用県有林約80%で構成されています。もともと研究所は農林業に寄与するために寒冷地に適した樹種の研究などの目的がありましたが、時代の進展と共にその目的は少しずつ変質していきます。とりわけ産業としての林業が衰退し、高度成長期に観光地・リゾート地が発展していく中で、時代の要請に応える新しい森林の役割が問われてきたのです。
藤原先生はゆっくりとした口調で、「私たちの研究は、学問的には『林学』といわれていますが、単に林業や植物学的な研究だけではなく、非常に幅広いものなのです。森の資源や経済のこと、環境や生態系についての研究もあります。科学的研究に対して『癒し』ということばを不思議に思う人もいるかもしれませんが、これも時代の流れでしょう。『癒し』には、人々の生活が今よりもより良い状態になるという意味合いもあります。すなわち、森林にしかないモノと関わることで、人々が生理的・感覚的さらに心理的満足を得ること、それが『癒し』なのです」と解説されました。
齋藤先生が続けます。
「ですから『癒しの森』というのは、具体的には、散策したり、体験活動や環境教育などが快適に行える空間です。それらの活動に適した森をつくる整備過程自体も楽しむことができるという空間でもあるのです。その空間づくりとその森に関わる人がいる森が『癒しの森』であり、それを私たちは『森林の保健休養機能』と呼んでいます。そのために、当研究所は様々なプログラムを地域住民に提案し、その効用を研究しているわけです」
見放された森林について、こんな事例があります。
地元の森林所有者が、いまや価値がないと決めつけ放置している倒木を、もっと冬の暖房エネルギーとして有効利用できないかという課題がありました。
森林所有者に倒木を2メートルに切って運んで来てもらい、ストーブ用の薪を求める地域住民ユーザーを募集してみました。販売方法に遊びの要素を加えて競りにすると、参加者のノリは上々。価値がないという倒木がよく 売れたそうです。地域における森林資源の循環の可能性が証明されたことになります。
さて、話を実証林の植生調査に戻しましょう。
高く伸びた針葉樹と所々に広葉樹が混じっている指定区域は自然そのままの状態。まず指定された地点にリングを置きます。リングには円の面積を3等分した3つのひもが中心で結ばれています。その中心を杭で固定し、磁石で正確に計測しながら1つのひもを真北に向けます。
「植生調査を始める前に記録写真を撮ってください」と藤原先生の声。写真担当が円の南側に立って、リングを俯瞰してシャッターを切ります。さあ、これから植生調査の始まりです。「この三角の葉はヤマソバね」「これはボタンヅル」「シバがそこにあるよ」
「ミズヒキが多いね」などと、参加者の植物通ぶりにはビックリします。次から次へと種を同定していくのですが、中には意見が分かれる場合もあります。「種の同定は多少ゆるくても構いませんよ」と先生の声。参加者はまるで子供か学生に戻ったよう。地面に四つん這いになり、植物の葉や茎の感触を確かめたり、ルーペで葉脈を観察したりしています。中には葉をちぎり匂いを嗅ぐ人もいます。
植生調査は「どのような種があるか、同一面積の中でどんな種が多くあるか、その生育状況はどうか」などで、繁茂の状況に段階をつけ、生育の高さも記録します。担当者は「何? もう一度はっきり言って!」などと記録に懸命です。森の植生調査はこんなにも人々を夢中にさせるものなのです。
ちなみに同定された種を草木混在のままアットランダムに列記しますと、「ヒトリシズカ、アカネ、ヤマソバ、セントソウ、ミズヒキ、カエデ、アブラチャン、ボタンヅル、シバ、チジミササ、アケビ、コブシ、アサノハカエデ、イロハモミジ、ササバトリカブト、ダイコンソウ、ゴヨウアケビ、ミツバツチグリ、ヌスビトハギ、イボタ、ヤマフジ、チジミササ、ツルマサキ……」エトセトラ。
森の癒し効果を大きく左右する要素に景観が挙げられます。この森林景観こそ、植物がどのように生育するかによって変わっていくのです。手入れの仕方によって森の「癒し機能」は大きく変化します。植生調査は今後継続的に行われる予定で、どうやら10年先を見据えた息の長い研究になりそうです。
参加者は自分自身の知識を深め、さらに科学的な好奇心を満たすことができ、充実した時間を過ごすことができます。まさにこのことが、植物好きの人々にとってはかけがえのない癒しになっているのです。
昼食休憩後は、全員で癒しの森を観察しながらの散策。寒冷地に適した木の研究のために、昭和30年代に植林された鬱蒼とした育林地、手入れされていない自然のままの林、自由気ままに森林談義をしながら林道を歩きます。せわしなく動くニホンリスに出合い、食べ散らかしたチョウセンゴヨウマツの松ぼっくりを観察。シカが激突した木肌に触れ、落ち葉の下から覗いているテングダケを突っついてみたり。ゆったりとして退屈する間もない森の時間が過ぎていきます。
協働作業と散策会を終わって両先生にお話を伺いました。
― 藤原章雄先生
森について「いい森とはこうです」と一言で言うことはできません。完璧な答えはないのです。答えがないからいろいろなことをやっています。人は一人一人みな違う。その人によって「こういうのがいい」「これが自分にとっていい森だ」というのがあるのではないか。その回答を見つけ出したいですね。
地域の人々にとって、この研究所ってどんな存在なのだろう。よかったと思ってもらえるのだろうか。研究者各人が信じることをアカデミズムの外に向かって発信していきたい。地域の方々と直接接して、皆さんに森を通じて何かを学んでもらい、私たちも研究を深めていく。研究者というより、小学校の先生みたいな面もありますよね(笑い)。
― 齋藤暖生先生
大学というのは知識生産の場です。その結果を論文に著したり講演したりする方法もある。もちろん私たちも論文を書きます。その一方で、森で体験することには文字化やデータ化がしづらいことがたくさんある。いわば「身体が覚えている」わけです。それらの知見を多くの人と共有したい。
私は、森林と人間の関係について民俗学的関心もあります。大昔から、キノコや山菜を採ることに人はどんな喜びを感じていたのだろうか、なぜ人間は森と深く関わってきたのだろうかと。経済的な視点からだけで森の価値は計れません。距離的な意味ではなく、人間にとって「近い森、豊かな森とは何か」を考えていきたいですね。
東京大学「富士癒しの森研究所」では、様々な講座を地域住民に公開しています。
さあ、あなたも一度参加してみてはいかがでしょう。森に入り、あなたの身体と感性で、森の声を聞いてみようではありませんか。
ヘルメット、腰には携行用のノコギリとナタ。ブーツには斜面でも滑らないようにスパイクが付いている。山仕事姿の助教。
伐採され放置されたままの倒木。コケが生し、新しい芽が出、他の植物が寄生する。様々な生命が循環しているのが森だ。
調査地点を特定し、範囲を設定する。撮影、種の同定、計測、記録。植生調査は根気の要る協働作業だ。
珍しい三角の葉はヤマソバ。新しい芽、小さな葉や花がそれぞれの個性を主張している。
東京大学大学院 農学生命科学研究科
附属演習林 富士癒しの森研究所
〒401-0501 山梨県南都留郡山中湖村山中341-2
TEL 0555-62-0012 FAX 0555-62-4798
http://www.uf.a.u-tokyo.ac.jp/fuji/
山中湖:0120-232-236
十里木:055-998-1212
受付時間9:00〜18:00(土日祝も営業)
別荘に関するご質問・ご相談は、お気軽にお問い合わせください。携帯もOK。
次の休日に見学に行こう
お時間に余裕がある方は是非一度現地までお越しください。
資料請求はこちらから
興味のある別荘を見つけたら、無料でカタログをお送りします。